女優の沢田亜矢子(77)が19日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。80歳で他界した父の職業や、思い出を明かす場面があった。
沢田は現在ハワイに暮らす孫の将来のためにと、自宅をリフォームしたと告白。司会の黒柳徹子は「お父さまが亡くなって、その影響でうちに強い思いがある」と紹介し、「そうなんですね」と明言した。
沢田は北海道北見市出身で「父は国鉄の職員だったんですね」と言及。さらに「建築士だったので」とも明かし、「本当にみすぼらしい家に住んでいたんですけれど、子供たちのために、僕たちで家を建てようっていうことになって。母と父が一から家を建てたんです」と打ち明けた。
自身は手伝うことなどはなかったが「凄く感動した記憶があるのね」としみじみ。現在の家も自らの金で建て「いろんな歴史があって、子供もできたりいろいろあって。最後は私も1人ぼっちになっちゃったんだけれど、やっぱりこれは次の世代のために、私の世代で替えて(リフォームして)あげて、やってあげるとこの家は生きるし、私の思いも生きるし」「大事に使ってほしいなと今は思っています」などと語った。
黒柳は「そういう明るい性格はお父さま譲りなんですって」と話を振り、「そうなんですよね。(自分は)いろんなことあった割には明るいですけれど」と沢田。「うちの父はですね、トイレの100ワットっていうくらい明るい人で。お葬式のときも“沢田さんのお父さん来てくださらないかしら、明るくなっていいのに”って言われるくらい」と笑ってみせた。
再び「いろんなことが、スキャンダルとかいろいろあったんですけれど」と言及し、黒柳は「スキャンダルがあったってあなた?」とツッコミ、「無理に思い出さなくていいんですけれど」と苦笑する場面も。
それでもその際テレビ局スタッフや新聞記者が北海道の実家の父の元へ押しかけたこともあったが、父は「いやいやいやいや、こんな遠いところまでよく来たなあ~」と笑って出迎えたと回顧した。
そのためフリーアナウンサーの草野仁が「あなたのお父さんは本当にいいお父さんですね。僕はファンになりました」とテレビで語ったこともあったという。「そうしたら風向きがゴロっと変わって。本当に何か明るさって人を変えてくれるし、救ってくれるなあって思いまして」と懐かしみ、「だから私の性格も父に似て良かったなあって」とほほ笑んだ。
沢田は北海道出身で、大蔵省勤務を経て、1973年に「アザミの花」で歌手デビュー。79年からは「ルックルックこんにちは」の司会を担当。85年に米国で極秘出産しシングルマザーに。95年には松野行秀と結婚。離婚裁判を経て、2001年に離婚した。
2026年10月19日 19時17分