「あしたのジョー」「おれは鉄兵」などのヒット作で知られ、文化勲章を受章した漫画家のちばてつや(本名千葉徹弥=ちば・てつや)さんが22日に午後6時に都内の病院で死去した。87歳。東京都出身。葬儀は家族葬にて執り行われた。訃報を受け、漫画家仲間から悲しみの声が相次いだ。
ちばさんは2024年、漫画家として初めて文化勲章を受章した。同年10月25日に発表され、ちばさんは11月3日、皇居で天皇陛下から勲章を授与された。長年にわたる創作活動が評価され、漫画が子供向けの読み物という枠を超え「日本を代表する文化の一つ」として歩んできた歴史を象徴する出来事となった。
早すぎる別れに業界から追悼の声が相次ぎ寄せられた。漫画「あしたのジョー」の森川ジョージ氏は「ありがとうございました!」と多くは語らず、一言で感謝をつづった。
漫画家の伊藤潤二氏は「ちばてつや先生のご冥福を心よりお祈りいたします」と追悼し「昔小学館の謝恩会でお目にかかった時に、気さくにお話ししてくださった事が忘れられません」と懐かしんだ。
漫画「アビスレイジ」の成田成哲氏は「友達からちばてつや先生の訃報を聞き、とてもショックを受けました。ちばてつや先生は、文星芸術大学に在学中にとてもお世話になった先生です。ちばてつや先生以上の人間性を持った漫画家を、私は知りません」とコメント。「私が漫画家になれた理由、恩師の1人です」と感謝。「ガンダムシリー」ズのコミカライズを手がけるときた洸一氏は「日本漫画の大きな柱が無くなっちゃったなぁ」と功績をたたえた。
漫画「キングダム」の原泰久氏は「僕は『ちばてつや賞』出身で、ちば先生はデビューした僕をずっと見守って下さっていました。ちば先生の漫画界への貢献は絶大過ぎて頭が上がりません」と感謝。漫画「でんぢゃらすじーさん」の曽山一寿氏は「ご冥福をお祈りいたします」と言葉少なに追悼した。
漫画「パタリロ!」や「飛んで埼玉」で知られる魔夜峰央氏の長女・山田マリエ氏は「ちばてつや先生のご訃報に接し呆然としています。また偉大な先生が旅立たれてしまった…寂しすぎます」と悲しみをつづった。漫画「南国少年パプワくん」の柴田亜美氏は「少年漫画でバトルシーンに苦労している時は、自然と『あしたのジョー』の数々の場面が頭に浮かびました。勝利する者と同じく敗れる者の姿をしっかりと描く事を学びました」と振り返った。
「シティーハンター」の野上冴子役などで知られる声優の一龍斎春水は「ちばてつや先生を、何故か不死身の人みたいに思っていたので、ショック」と心痛し「とても優しい先生」だったと添えた。「SLAM DUNK」の流川楓や「新機動戦記ガンダムW」のヒイロ・ユイ役を務める声優の緑川光は「子供の頃、一番ハマった漫画は『あしたのジョー』でした。ボクサーを目指して日々シャドーボクシングをしていたのを思い出します」とつづって2ショットをアップした。
作家で脳科学者の茂木健一郎氏は「ちばてつや先生のご逝去の報に接し、『あしたのジョー』などの作品を愛読してきた一ファンとして、深い悲しみを感じています」と悲しみを露わにした。
グランドジャンプ編集部は「ちば先生は創作のみならず、漫画界の発展と後進の育成にも大きく貢献されました。その偉大なご功績に、深い敬意と感謝を申し上げます。心よりご冥福をお祈り申し上げます」と追悼した。
少年ジャンプ編集部は「70年にわたり数々の名作を生み出された、ちばてつや先生が逝去されました。ちば先生は創作のみならず、漫画界の発展と後進の育成にも大きく貢献されました。その偉大なご功績に、深い敬意と感謝を申し上げます。心よりご冥福をお祈り申し上げます」と公式サイトに記した。
ちばさんは1939年生まれ。1956年に漫画家としてデビューし、「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」「あしたのジョー」「おれは鉄兵」「あした天気になあれ」「のたり松太郎」など、幅広い作品を手がけた。
中でも、高森朝雄さんが原作を担当した「あしたのジョー」は、ボクシングに人生を懸ける矢吹丈の姿を描き、世代を超えて親しまれて代表作となった。
2026年10月27日 13時53分