女優の高橋メアリージュン(38)が、18日放送の文化放送「生島ヒロシの日曜9時ですよ~」(日曜前9・00)にゲスト出演し、芸能界入りのいきさつを語った。
滋賀県出身で、日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた。ファッション誌「CanCam」の専属モデルとなり、今は女優として活動している。
しかし、ここまでの半生は波瀾万丈だった。パーソナリティーの生島ヒロシから「華やかなイメージがあるけれども、小さなころにお父様の事業がうまくいかなくなった時があって」と振られると、高橋は「いろいろあって」と返答。「会社が倒産して。私が中学1年生の時」と続けた。
「元々は裕福めな家庭だったんですけど、一気に貧乏になりまして」。父から事実を告げられた瞬間も覚えているという。
「琵琶湖のそばに家族みんなで遊びに行ったんですけど、いきなり父から“みんな集まってくれるか?”って集合して。“今までのようにはいかへんねんけど、お父さんの会社が倒産して。みんな、頑張ってくれるか?”って言ってくれて。“琵琶湖会議”って呼んでいるんですけど」
高橋は、4人きょうだいの長女だった。「長女でありながら、子供として生きていたんですけど、その話を聞いた瞬間に、私も一緒に家族を守らなきゃって、大人のスイッチが入りました。だから早く働きたいと思って。早く働くには、芸能界か?と思って。早く芸能界に入りたいって」。激変した家庭環境が、芸能界へ進むきっかけになったことを明かした。
03年に受けた横浜・湘南オーディションが、その入り口になった。書類審査を通り、湘南で次の審査を受けるよう伝えられたが、極貧のため新幹線代を工面できる状況ではなかったという。「新幹線代なんてないってなって、あきらめかけたんですよ。そしたら父が“お姉ちゃん、何がどんな奇跡を起こすか分からんから。確かに新幹線は難しいけど、車でよかったらお父さん送っていくで”って言ってくれて」。家族で車で会場へ向かうことになったという。
「フィリピン人の母は“家族旅行や~”とか言って。それで湘南まで行って、受かって。それを繰り返して、最終的にグランプリを取って、芸能界入りです」。家族存続の危機にも、希望を失わなかったことを明かした。
2026年10月18日 19時13分