著名人に健康や元気の秘訣(ひけつ)を語ってもらう企画「だから元気!」。今回は役者、歌手、演出家として広く活躍する夏木マリさんです。2023年に両足の人工股関節置換手術を経験しながらも見事に復活。そんな前向きな活力の源は、今年3月に亡くなった京都の義母からの「教え」と、13年目を迎える清水寺でのパフォーマンスにありました。 (構成・小枝 功一)
今は「丈夫も芸のうち」だと身に染みて感じています。痛くて歩けなくなり、23年12月に両足の人工股関節を置換する手術をしました。医師から完治まで8カ月かかると言われたのですが、舞台「千と千尋の神隠し」のロンドン公演が控えていて、3階建ての高さのセットを上らなきゃいけなかったんです。
その時の心の支えになったのが(ドジャースの)大谷翔平選手でした。ちょうど大谷選手も肘の手術をしてリハビリをしていた時期。「大谷選手も頑張っているんだから私も頑張ろう」と。しかも、大谷選手の登板日と私のロンドン公演の初日が一緒だったんですよ。勝手ながら伴走させていただく気持ちでリハビリを重ね、なんと3カ月で治しました。
そして今、心身両面の活力源になっているのが、自身で企画・演出を手掛ける奉納パフォーマンス「PLAY×PRAY」です。最近は映像の仕事も多くあまり体を動かさなくなったため、毎年11月に清水寺の経堂で行っているこの舞台に向けた準備が、いい体のリハビリであり、私の表現活動の軸でもあります。本番1カ月前になると、朝起きてすぐ1時間のウオームアップをして、週に3回はケアに通う。自宅にフィットネスバイクを買って、普段20分のところをこの時期は40分こいでいます。
清水寺がある京都は私にとって特別な街でもあります。夫(パーカッショニストの斉藤ノヴ)とは07年から婚姻届を出さない形で過ごしていましたが、11年の東日本大震災を機に結婚しました。決断の理由の一つが、京都に暮らす義母の存在でした。将来お世話をする時に、得体の知れない女が来るより、一応「妻」という立場のほうがいいんじゃないかと思って。それで結婚を機に、東京から京都へ本籍も移しました。
義母は、お手伝いさんもいましたが、基本的には何でも自分でやっていました。とはいえ、やはり高齢なので、なるべく一緒にいたいと思って、月に1度くらいのペースで京都に帰る「2拠点生活」を送っていました。
私は東京生まれで故郷がなかったので、京都に“実家”ができたことは本当にうれしかったです。食いしん坊なので、観光よりも食事の穴場を見つけるのが楽しくて。京都ってコーヒーやパンもおいしいお店がいっぱいあるんですよ。
そんな京都で待っていてくれたお姑(しゅうとめ)さんは「いけず」なイメージとは正反対。江戸っ子のようにさっぱりした人で、娘ができたと本当に可愛がってくれました。絶対にネガティブな言葉を言わず、生前は「上見て働け、下見て暮らせ」とよく言っていましたね。「上を見たらキリがないから、もっと頑張れる。下を見たら今の生活に感謝できるでしょ」と。
私が東京から帰ってきて「疲れた」とこぼすと「あんたね、その年で仕事があるのはありがたいと思いなさい。ありがたい、ありがたいって言うのが本当やろ」と叱られて。それから「ありがたい、ありがたい」と言うようにしたら、本当に疲れが半減したんですよ。
今年3月に義母は亡くなりましたが、義母が教えてくれたポジティブな心と、京都という街が私の中で今も生き続けています。体が健康なら心も健康。やりたいことをやるために、これからも「ありがたい」と感謝しながら、元気に歩んでいきたいですね。
《完全無料で公演“見た方が元気になれば”》ライフワークとする「PLAY×PRAY」は2014年から文化発展への思いを込めて上演。夏木が代表を務める途上国支援活動「One of Love プロジェクト」に清水寺が賛同して実施されている。夏木は「清水寺でパフォーマンスなんて、そうそうできることではない」と感謝。公演は完全無料で「見ていただいた方に元気になっていただくのが一番ハッピー」と原動力を明かした。
◇夏木 マリ(なつき・まり)1952年(昭27)5月2日生まれ、東京都出身。71年に本名の中島淳子で歌手デビュー。73年に現在の芸名で発表した「絹の靴下」がヒットし、注目を集めた。93年から主宰舞台「印象派」をスタート。01年にジブリ映画「千と千尋の神隠し」で湯婆婆(ゆばーば)の声を担当した。
2026年10月25日 07時29分