広告大手の電通に勤務する島崎竜さん(29)はJ1川崎フロンターレのアカデミーで活躍し、米メジャーリーグ・サッカー(MLS)挑戦を経てビジネスマンに転身した異色の経歴を持つ。川崎Fには中学生年代のU―15から正式加入。同期のMF三笘薫(29=ブライトン)と交流を深めた。
「当時からドリブルはメチャメチャうまかったですね。でも、今ほど推進力はなくて。サイドもやっていましたが、トップ下できれいにパスを通すイメージの方が強いですね」
のちに日本代表の屋台骨を背負うことになる快足アタッカーとはマンツーマンで居残り練習を行う仲になり、ドリブルで攻守に分かれる1対1を連日繰り返した。「ラスト1回は薫が勝つまでやらされた」と苦笑いで振り返った島崎さん。共に川崎市立橘高校に進んだことで絆はさらに深まり、対決メニューは互いに大学進学、プロ入り後まで続く正月休みの恒例行事になった。
放課後の学校からU―18練習場までの道すがら、互いに進路の相談もした。島崎さんは高2の夏には米大学留学に動き、約100校にプレー動画を添付して入学希望のメールを送付。返事があった約20校から1年かけて絞り込み、バージニア・コモンウェルス大(VCU)進学を決めた。
「いわゆる文武両道で成績が悪いと部活停止。大学も成績を残せるようにサポートしてくれる。サッカーにも勉強にも打ち込める環境が整っていて。薫には一番に“アメリカに行く”と伝えました」
高3の夏過ぎからは川崎Fでトップチーム昇格の話が出ていた三笘からたびたび相談を受けた。「薫ならプロでも大学でも大丈夫と思っていましたけど、トップなら“1、2年は苦しむだろうな”という話はして」。決断に影響を与えたか分からないが、筑波大に進んだ三笘は卒業後に川崎Fに戻るというクラブとの約束を果たし、J1での活躍から欧州挑戦、さらに日本代表入りと飛躍を遂げた。
当時のU―18は三笘以外にも1学年上にDF板倉滉(ボルシアMG=ドイツ1部)とMF三好康児(ボーフム=ドイツ2部)、1学年下にMF田中碧(リーズ=イングランド・プレミアリーグ)が在籍。のちに日本代表のユニホームに袖を通すことになる逸材が集中した中で島崎さんも力を付け、新たな挑戦に踏み出すことになる。=【3】に続く=
◇島崎 竜(しまざき・りょう)1997年(平9)4月19日生まれ、川崎市出身の29歳。幼稚園からサッカーを始め、小学生からリバーFCで活動。中学時代に川崎Fのアカデミーに加入し、高校卒業後は米バージニア・コモンウェルス大(VCU)に進学。2020年には米MLSニューイングランドのセカンドチームに加入し、3部相当のリーグで7試合に出場、1得点を記録した。21年に楽天グループ株式会社に入社。25年に株式会社電通へ入社し、現在はビジネスプロデューサーとして勤務している。
2026年10月23日 08時31分