9月18日に91歳で死去した脚本家の倉本聰さん(くらもと・そう、本名山谷馨=やまや・かおる)のお別れの会が3日、北海道富良野市で営まれた。俳優の小野武彦(84)が参列し、報道陣の取材に応じた。
小野はかつて俳優としての仕事が全くなく、廃業を覚悟していたという。そんな中、倉本さんから電話が入り、1976年の日本テレビ系「大都会 闘いの日々」への出演が決定。これが当たり役となり、以後、名バイプレーヤーとしての地位を確立していった。
「僕は51年前に俳優を諦めて転業する時に、先生から一本の電話がありまして、51年続けることができた大恩人」と回想。「先生は恩着せがましいことは言わない。先生の体調が悪くて、富良野でお会いすることができなかった。“そのうち埋め合わせするからな”と、埋め合わせどころかすごく大きなお土産をいただいたというところです」と、近年の交流を明かした。
「あの電話がなければ仕事を続けてこられなかった。感謝しても仕切れないくらいの恩人」と感謝の言葉を繰り返し口に。「もう一回Soh’s BARで飲みたかったですね。やっぱり体調がすぐれないこととご高齢だったので、心配はずっとしていた。昨日も友人と話しましたが、亡くなったのは悲しいが先生が亡くなるんじゃないかという不安からは解放された、皮肉な日々を過ごしております」と話した。
2026年11月03日 12時56分