◇セ・リーグCSファイナルS第4戦 阪神5─8DeNA(2026年10月17日 甲子園)
終戦が決まると、阪神監督・藤川球児はコーチや選手たちと右翼スタンド前まで歩んだ。四方に頭を下げ、会見では「応援していただいた皆さん、ファンの方に申し訳ない、そのひと言です」とわびた。甲子園は今季最多タイ、4万2648人の観衆で埋まっていた。
4連敗でのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ敗退である。リーグ優勝、球団史上初のリーグ連覇の栄光が輝きを失ってしまったかのようだ。
スタンドから拍手と歓声があがっていたが、ネット上で采配批判が渦巻いているのも確かだ。手もとの携帯にも多くの不満のメッセージが届いていた。優勝チームがなぜ3位チームに1勝もできずに敗れたのか。
表面化した佐藤輝明や森下翔太をはじめ、選手たちには未公表の故障、疲労が相当あった。あれほど気を使っていた体調管理や調整はできていたのか。優勝決定後に休養させられなかったのか。
この批判はさておきたい。ひとまず、この日の敗戦を取り上げる。逆転でリードしながら再逆転で敗れた継投策に失敗の本質が凝縮され、現れ出ているからである。
最終的には1点リードの9回表2死二、三塁、工藤泰成が「あと1球」から三森大貴に逆転の中前2点打を浴びた。あの決勝打は36球目で、今年8月のクローザー抜てき後、最多だった。
後がない一戦。8回表無死一、二塁から起用され、回をまたいでの続投だった。藤川はこうは言っていないが“工藤でやられたら仕方ない”という、旧日本軍の玉砕戦法のような姿勢が見える。
藤川自身も現役時代、優勝争いの一戦で回またぎをして逆転負けを喫した経験が幾度かある。たとえば30歳だった2010年10月17日、CSファーストステージ第2戦(甲子園)。負けたら終わりの一戦で7回表から登板した藤川は1点リードの8回表2死二、三塁でアレックス・ラミレスに中前2点打され、逆転で敗れ去った。“球児なら仕方ない”という決死の姿勢が当時もあった。同じ悪夢が繰り返された。
先発・大竹耕太郎降板後の5回表から神宮僚介、木下里都、そして工藤と経験の浅い3投手に皆、回またぎを強いた継投策に無理はなかったか。ブルペンにはまだラファエル・ドリス(工藤降板後に登板)や岩崎優、石井大智らが残っていた。
藤川は自ら「ペナントレースを戦ううえで、神宮や木下、工藤も時にはイニングをまたいで勝ち星を拾っていくというやり方をしていましたので、形が最後まで苦しかったのは事実ではあります」と言った。「形」とは必勝継投を指している。
そして選手の健闘をたたえ「これはもう本当にこちらの責任ですね。申し訳ない」と認めた。
敗戦の責任は指揮官の監督にある。旧日本軍の敗戦を研究したロングセラー、その名も『失敗の本質』(中公文庫)が<空気の支配>を指摘している。無謀だったインパール作戦や沖縄戦では<必勝の信念>という参謀本部の判断があった。<補佐すべき幕僚はもはや何をいっても無理だというムードにつつまれてしまった>。
結果は<壮大な自滅作戦>となった。阪神は同じ空気ではなかったか。
また、この一戦に勝ったとしても次戦に工藤は使えない。先の『――本質』は長期的展望について<決戦に勝利したとしてそれで戦争が終結するのか(中略)真面目に検討されたわけではなかった>と指摘している。
<空気>や<展望>は確かに指揮官の問題に違いない。今の阪神では藤川采配が問題視されるが、その独断専行をはからずも招いたフロントや組織の問題としてとらえるべきだろう。
思いもよらぬ早い終戦で秋風が身にしみる。大リーグの名解説者、ティム・マッカーバーが「プレーオフで敗れるということは、この国で最高の舞台(ワールドシリーズ)に立てないことを意味する」と、その傷心のほどを語っている。「しかしね、それも感謝祭までには忘れるさ」
感謝祭は11月第4木曜、今年は26日だ。もちろん、忘れたいが忘れてはいけない。大切な教訓、記憶として心に留め置きたい。 =敬称略= (編集委員)
2026年10月18日 08時00分