歌手の相川七瀬(51)が17日放送の日本テレビ「Google Pixel presents ANOTHER SKY」(土曜後11・00)に出演。ブレーク後の葛藤を振り返る場面があった。
相川は1995年に大阪から上京し、同年に20歳で織田哲郎プロデュースでデビューを飾った。デビュー曲「夢見る少女じゃいられない」をはじめ、ヒット曲を連発。2003年、デビュー以来共にしてきた織田のプロデュースを離れた。
相川は「上京して、キャリアをスタートしたんですけど、いつも行き詰まっていた気がします。っていうのはやっぱり、あの頃は3カ月に一度シングルを出していたし、そういう時代だったし、常に、宿題が終わらない子供みたいな状態で、寝られなかったですよね」と回顧。「たくさんCDを聴いてもらって、ヒットソングもたくさん書いてもらって。で、その後に苦労したっていうか、仕事がなくなった時代もあるし」と振り返った。
「セールスを重ねた時代と、そこからやっぱり織田哲郎さんのプロデュース外れて。そういうものを自分が作っても、私は織田さんじゃないし、やっぱり違うし。何をしたら自分らしくなるのか、わからなかったんですよ」と葛藤を吐露。「“今日のステージは歌えていたんだろうか”とか、“私はいい歌詞を書いたんだろうか”っていうハテナを、ずっと持って。どこかで、自分の元のヒットソングとかと比べたりとか。やっぱり25歳から40歳手前くらいまでは、暗いトンネルに自分は入っていたな、って」と話した。
「チャートでどこに位置するのかっていうことばかりを発売日って気にするわけじゃないですか。そこから降りたことが、凄い苦しい反面、どこかで競わなくていいことも安堵(あんど)してる自分がいて。凄い複雑なんだけれど」としつつ「最終的に腑に落ちたのは、やっぱり変わっていく自分を肯定する。“自分の現在地で書けるものが何かないかな”って(考えた)」とした。
11月2日に、日本武道館で30周年ライブを控える。日々トレーニングにも励んでいるそうで、「旅先でもやりますし。ライブの時とかも、ウオーミングアップみたいのはめちゃめちゃやります」と相川。「トレーニングをやり始めてから、凄く歌が楽になりました。無理して出すみたいなことがなくなったんで。若い時よりも年を重ねて今の方が歌えてるっていうほうが、自分的には豊かかなと思う」と笑顔。「30年後こんな風に元気に歌っているって本当に想像してなかった。今が一番歌うのが楽しいので。もう一回夢を見られる力が戻ってきたって、最高の50代だなって」と感謝した。
2026年10月18日 16時32分