芥川賞受賞のデビュー作「限りなく透明に近いブルー」や「愛と幻想のファシズム」などで知られる作家の村上龍(むらかみ・りゅう、本名龍之助=りゅうのすけ)さんが17日、自宅で死去した。74歳。長崎県出身。家族葬を行った。現代の社会、政治を鋭く見つめる作品で時代を築いた。
村上さんの死因は遺族の意向で明らかにされていないが、病気による急死だったという。今年3月、約20年にわたりホスト役を務めていたテレビ東京「カンブリア宮殿」を卒業。歯切れの良いトークが減っていたことで体調不良もささやかれたが、番組関係者によると「40年前に治療した歯のインプラントの調子が悪くなり、話しづらくなったことが理由」だった。インプラントには寿命があり、数十年前に治療したものが悪くなる人は少なくない。「村上さんも口腔(こうくう)内の機能低下でだいぶ苦しんでいた。ただ今回の死因とは関係ない」(同関係者)という。
子供の時から「会社員には向いていない」と思っていたという村上さん。何かで生計を立てようと武蔵野美術大在学中の76年に書いた小説「限りなく―」がいきなり芥川賞を受賞し、大ベストセラーに。ドラッグとセックスに溺れる退廃的な若者たちを生々しく描き、社会に衝撃を与えた。
コインロッカーに捨てられた子供たちをつづった「コインロッカー・ベイビーズ」(80年)や世界恐慌に翻弄(ほんろう)される若者が政治に台頭する「愛と幻想のファシズム」(87年)など話題作を次々に発表。同年「ノルウェイの森」を出した村上春樹氏とともに「ダブル村上」とも称された。
2000年代に入っても、組織に頼らずに生きてゆかざるを得ない次世代に向けた「13歳のハローワーク」(03年)や北朝鮮のゲリラが福岡を占拠する小説「半島を出よ」(05年)などベストセラーを連発した。
文壇の枠を超え、文化人としても活躍。「限りなく―」や「だいじょうぶマイ・フレンド」で映画の監督や脚本も手がけたほか、キューバ音楽の公演をプロデュース。サッカーやテニスなど幅広いジャンルで知識を見せた。第一線の経済人らにインタビューする「カンブリア宮殿」では作家ならではの視点で迫った。
半世紀にわたり、時代の最先端と社会に切り込んで物事を鋭く見つめ続け、人間の本質を提示した。
《スポニチで連載も》村上 龍(むらかみ・りゅう、本名龍之助=りゅうのすけ)1952年(昭27)2月19日生まれ、長崎県出身。76年「限りなく透明に近いブルー」で群像新人文学賞受賞。92年スポニチ本紙で新聞連載小説「音楽の海岸」執筆。2000年から2017年まで芥川賞選考委員を務めた。
2026年10月24日 05時30分