BS―TBS「関口宏の三人寄れば」(日曜正午)が1日に放送され、26年間に渡って阪神でスカウトを務め“伝説のスカウト”と呼ばれた菊地敏幸氏(76)がゲスト出演。今もなお心に残る、ある選手との特別な絆を明かした。
MCを務めるタレントの関口宏(83)がゲスト2人を迎えて楽しくトークする同番組。この日のテーマは「プロ野球 ドラフトの裏側」で、菊地氏と元中日エースの川上憲伸氏(51)がゲストに招かれた。
かつて阪神の東日本統括スカウトだった菊地氏は社会人野球の選手、コーチ出身で、プロ野球選手を経験せずに会社員からスカウトの道に入ったという異色の経歴の持ち主。野村克也監督や星野仙一監督ら9人の監督のもとで26年間に渡ってスカウトを務め、藪恵一、井川慶、赤星憲広、鳥谷敬らの獲得に貢献した“伝説のスカウト”だ。
そんな菊地氏には今もなお心に残る“忘れられない選手”がいる。
「去年引退したジャイアンツの長野。これがね…一番…。うまくいったドラフトもありますけど、一番印象に残っているのはやっぱり…」。無事に指名できた選手ではなく、指名できなかった長野久義氏(41=巨人編成本部参与)だった。
長野氏は日大4年だった2006年ドラフトで日本ハムからの4位指名を拒否して社会人のHondaに進み、2008年ドラフトではロッテからの2位指名を拒否。翌2009年のドラフト1位でようやく念願の巨人入りを果たし、新人だった2010年に新人王、2011年に首位打者、2012年に最多安打とタイトルにも輝いてスター選手への階段を駆け上がった。
才能に惚れ込んだ菊地氏はHonda時代から密着マーク。2008年には阪神で1位指名しようと狙っていた。
長野は当時、巨人からの1位指名が確実視されていたが、ドラフト直前に巨人は長野ではなく高校生の大田泰示(東海大相模)を1位指名するとの驚きの情報が球界に流れる。
「巨人の作戦としては大田を1位、長野を2位。ソッコーで長野のほうへ。連絡先も知ってたんで。巨人の1位はないぞ、と…」
長野を口説き落とすため、今日は青学大のグラウンドにいるらしいと聞けば青学大へ、今日はHondaの女子ソフトボールを応援しに保土ケ谷球場にいるらしいと聞けば保土ケ谷球場へ。「巨人とは縁がないんだ」「阪神は1位でいくから」「うちに来い」と必死に口説いた。
長野は「ありがとうございます」と言ってくれたものの、阪神に行くという言質は取れない。ドラフト前日もイエスとは言ってもらえない。そのままドラフト当日を迎えた。
「恐らく2時にドラフト会議が始まって。(2時間前の)12時に直接電話するから、そこで最終的な返事をくれ、と。電話しました。控室ですから。みんなスカウトから社長から(その場にいて聞いている)。こっちも緊張しながら“長野、どや?”と。“すいません。何年待ってでも巨人に行きます”って。これで諦めた。それで長野を(指名候補の表から)消しちゃったんです」
いざドラフトが始まってみると、巨人は長野ではなく事前情報通りに大田を1位指名。だが、巨人が2位指名する前にロッテが長野を2位で指名する。
「阪神は“外れ1位”で長野にいけたんです。(でも、その前に)長野の名前を消しちゃったんで…」
菊地氏はもしもこの時、長野がロッテ入団を決めていれば「俺の失敗や」と責任を取って球団に「辞表を出す」つもりでいたという。
だが、長野は数日後、菊地氏に「ロッテ断りました」と連絡。「ホッとしました」と辞表を提出する事態にはならなかった。
結局、1年後にドラフト1位で巨人入りした長野氏。昨季限りで現役引退したが、引退発表された当日に菊地氏から「波乱万丈のプロ野球生活だったけど、最後は巨人でユニホームぬいでおめでとう。返信不要」とメールを送ると、折り返しに電話がかかってきたそうで「いいやつなんですよね…」と改めてしみじみ。
「電話でね、菊地さんお世話になりましたって…」
「ありがとうございました。幸せな現役生活でした」という電話の声に菊地氏は何とも言えない喜びをかみしめたそうで「この話をするとうれしくなってくる。自分が惚れ込んで、一生懸命やって…」と獲得できなかったものの、その後もずっと続いた好漢・長野氏との特別な絆に感謝していた。
2026年11月03日 20時15分