日本シリーズは「失言」の宝庫である。古くは1971年の巨人対阪急。これまでの頂上決戦は巨人の3戦全勝。7連覇を目指す巨人のアキレス腱は、衰えが見えてきた森昌彦捕手の肩だと言われていた。阪急を率いる西本幸雄は意味ありげにつぶやいた。「森は何歳や。34歳か?もう昔のようにはいかんやろう」。
これに猛反発したのが監督の川上哲治だ。「ここまで言われて黙っているのか。巨人のプライドはどこへいった」。川上の方が一枚上手である。西本の挑発を逆手に取ったのだ。
阪急には切り札がいた。前年から2年連続盗塁王の福本豊だ。新聞は書き立てた。「森の肩では福本はフリーパス」。シリーズの前景気をあおる狙いもあったのだろう。
迎えた西宮球場での第1戦。1対2の9回裏、阪急は先頭打者の福本がヒットで出塁。二盗を試みたが、失敗に終わった。堀内恒夫のクイックモーションにも助けられた。後年、森は「弱肩と蔑(さげす)まれ、意地もあった。シーズン後の“休み肩”で肩も軽かった」と明かした。巨人は4勝1敗でV7を達成した。
この「失言」も忘れられない。「巨人はロッテより弱い」。89年の巨人との日本シリーズ第3戦(東京ドーム)で、勝ち投手となった近鉄の加藤哲郎の口から飛び出したとされる。
発言の背景はこうだ。初戦から3連勝し、王手をかけた気の緩みもあったのだろう。「ところで哲っちゃん、実際のところ巨人はどうなん?」。顔見知りの記者の質問に、「投手はすごいけど、打線はアカンなァ」。「(パ最下位の)ロッテより弱いんちゃうの?」「どっちが怖いか言うたらロッテの方かな」。かいつまんで言えば、巨人はロッテより弱い――。翌朝、この発言を目にした巨人の選手たちが激怒したのは言うまでもない。3連敗からの4連勝で巨人がシリーズを制した。
これも「失言」の類いか。24年のシリーズで、横浜DeNA相手に敵地で先勝した福岡ソフトバンクの小久保裕紀監督は、シリーズ13連勝を達成したことについて聞かれ、「いや、3つ負けられるのが日本シリーズ。気にせず一戦一戦やっていく」と殊勝に答えた。「3つ負けられる」とは、裏読みすれば、再び横浜に戻ってくるということである。これではチームの士気は上がるまい。4勝2敗でDeNAが26年ぶりの日本一となった。
ことほどさように、「失言」は短期決戦の帰趨(きすう)に少なからず影響を及ぼしてきた。しかし、それが勝敗を分ける決定打になったわけではない。福本対策には念を入れたが、V9巨人の投手陣は、クイックを日頃から徹底しており、一夜漬けの練習の成果ではない。89年の巨人は、第4戦で完封した香田勲男のカーブが猛牛打線を狂わせ、大逆転につなげた。24年のソフトバンクも、指揮官の弱気発言が直接の敗因ではない。DeNAの勢いを止める手立てがなかったのだ。
それでも「失言」は人々の関心を引き、シリーズへの興味をかき立てる。加藤は言った。「わずか17勝しかできなかった僕が今でも皆さんに覚えてもらっているのは、あの発言のおかげですよ」。物は考えようである。(スポーツライター)
2026年10月21日 06時36分