巨人の来季監督に、球団OBでヤンキースなどでも活躍した松井秀喜氏(52)が就任することが23日、分かった。日米507本塁打の希代のスラッガーは12年限りで現役を引退後、春季キャンプで臨時コーチを務めるなど古巣と関わってきた。球団、ファンが待ち望んできた「松井監督」が誕生する。午後に記者会見を行う。
メジャーでも、一気にファンの心をつかんだ。ヤンキース移籍初年度の03年4月8日。本拠地開幕のツインズ戦でメジャー初本塁打となる満塁アーチを右翼席へ叩き込み、熱狂するファンの声援にヘルメットを取って応えた。念願だったピンストライプのユニホームに袖を通し、鮮烈な本拠地デビュー戦を飾った。7月には日本人4人目となるMLBオールスターにも選出された。
メジャーへの対応に苦しみながらも全試合に出場し、打率・287、16本塁打、106打点をマーク。2年目の04年には前年から大きく伸ばして31本塁打を放ち、108打点で2年連続100打点をクリアした。大きな試練となったのが、06年だった。5月11日のレッドソックス戦の左翼守備で、浅い飛球をスライディングキャッチしようとした際にグラブが芝生にひっかかり、左手首を骨折。巨人時代の1993年8月から続いていた連続試合出場記録が「1768」で途切れ、同年は51試合の出場に終わった。
そして、メジャー時代のハイライトの一つが、09年のフィリーズとのワールドシリーズだ。3勝2敗で迎えた本拠地での第6戦はヘドロ・マルティネスから放った先制2ランを含む1試合6打点を記録。13打数8安打3本塁打8打点、打率・615でワールドシリーズMVPに輝いた。
その後は10年にエンゼルスに移籍し、アスレチックス、レイズと渡って12年に現役引退を決意。同年12月の引退会見では「僕がメジャーに挑戦する時の“命懸けでプレーし、メジャーという場で力を発揮する”という気持ちで、この10年間やってきましたが、結果が出なくなったということで、その命懸けのプレーも、ここで一つの終わりを迎えたんじゃないかなと思っています」などと語った。
2026年10月23日 12時25分