29日に、多発性骨髄腫のため74歳で死去した元広島投手の池谷公二郎さんの通夜が30日、広島市内の斎場で営まれた。祭壇には穏やかな笑顔の写真が飾られ、新井監督や山本浩二元監督、安仁屋宗八氏、野村謙二郎氏、佐々岡真司氏(ともに本紙評論家)ら230人の弔問客が足を運んだ。
▼広島元監督の山本浩二氏 「現役の時から家族ぐるみの付き合いをして、プライベートもいつも一緒で、飽きるくらい会っているわけだから。こんな辛いものはないね。今週の日曜日に“誕生日おめでとう”ってベッドの上から電話をくれるのよ。“人生楽しんでください”と言うんだよ。“お前違うやろ”っていうね。それほど人一倍気をつかうやつで、だからみんなに惜しまれて今日を迎えてるわけだからね。体の強さと精神的な強さ、それが病気に打ち勝ってたもん。普通だったらもっと早く逝っていたいたかもしれない。それが現役時代からの鍛錬ですよね。それと人を大事にするから、みんなが助けてやろうという気持ちになるわけだから。こういう人間はなかなか出てこない。本当に体も強いし精神的にも強いし、よく頑張ったと思う」
▼野村謙二郎氏 「現役時代(91年)はコーチをされていて、よくしかられたんですけど、よく褒めてももらって、その後一緒に仕事をさせてもらって、いろいろ勉強させてもらいました。とにかく、人にはすごく優しい。自分には厳しい方でした。本当に今日これだけたくさんの方がこられて、みんなに愛されたんだなとつくづく感じました」
▼佐々岡真司氏 「僕が小学生の時に初めて、広島市民球場に行って試合を観た先発ピッチャーが、池谷さんだった。あの当時はブルペンが外にあった。目の前でブルペンを見て、「すごく速いな」と思った。(コーチと選手の関係では)本当に厳しい練習中で、手を抜こうとすれば怒られる。本当にダッシュひとつにしても“最後の一歩まで”と、とにかく練習の中では本当に厳しい言葉しか、あまり覚えてないというか。だからこそ今の自分があると思っています」
▼安仁屋宗八氏 「自分が池の兄貴みたいな感じで、オフになったら子ども連れでキャンプを2、3日泊まりながらね、よく魚釣りしたりしてましたから。ものすごく身内の付き合いだったような気がするんですよね。僕はもう1回、彼と一緒に優勝の放送をしたがったなというのが一番の心残りですね。天国でカープのことをどんどん言ってほしいですね」
2026年10月30日 22時19分